めんどくさがりの私が、投資を始めた理由
私は、お金に強いタイプではありません。
面倒なことは後回しにするし、書類系の作業は苦手。活字もあまり得意ではない。マイナンバーカードすら作っていなかったくらいです。
そんな私が証券口座を開いたきっかけは、1社目の退職でした。
辞めると決めたら、早く辞めたい。でも、お金で損はしたくない。
その会社ではストックオプションを付与されていて、権利を行使するには証券口座が必要でした。
投資を始めようと思ったわけではありません。
退職に向けた実務のひとつが、口座開設だっただけです。
それまでのお金の価値観
投資を始めるまで、私の中でお金はとても単純なものでした。
お金=自分の働いたことへの対価。
頑張って働く。成果を出す。会社が評価する。報酬が上がる。
「仕事の報酬は仕事。」
その言葉をモットーに、とにかく会社に忠誠心を持って働いていました。
労働が価値を生み、その対価としてお金が発生する。その循環はきれいで、納得感があった。
だから疑うこともなかったのです。
初めての違和感
最初に買ったのはS&P500。理由は単純で、「みんながそう言っていたから」。
深い思想はありません。
でも数か月後、評価額がプラスになりました。
そのとき少し戸惑いました。
自分は何もしていないのに、お金が増えている。
労働=お金、ではない。
必ずしも、自分が働かなければ増えないわけではない。
お金の価値や尺度は、仕事とは一部分離して考えていいのかもしれない。
投資とのちょうどいい距離感
私は投資で人生を変えたいわけではありません。
正直に言うと、含み益は「棚からぼたもち」のポジションです。
増えたらラッキー。
でもそのために昼夜を割いて調べ続ける気もないし、頻繁に売買する気もない。
最初のうちは個別株も触ってみました。値動きに一喜一憂し、損切りも経験しました。
(その話はこちらの記事で詳しく書いています。)
あれこれ試して分かったのは、
私は“戦う投資”に向いていない。
相場を読むより、投資に回せるお金を確保すること。そしてそのお金を淡々と積み続けること。
色々やるより、仕組みにしてしまうほうが楽。
今はS&P500とオルカンを定期的に入れ続ける形に落ち着いています。
投資は努力の証明ではない。
私にとっては、余力で回す仕組みです。
当時の私へ
未来の理想は語らない。不安も煽らない。
とりあえず、やりな。


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